位相空間の公理が自然に感じられるためのストーリー(試作)
個人的に、こういう順序で辿って行けば位相空間の公理が受け入れやすくなるのでは、というストーリー(?)を描いていきます。
位相構造は集合のつながり具合を記述するらしいものでした。例として位相構造よりはずっと具体的に思える距離空間について考えてみます。ある集合に入れられた距離を試しにすべて2倍してみます。するとこれは異なる距離空間になりますが、空間のつながり具合としては同じに思えます。実際、距離空間の間の連続写像が論法によって定義されますが、ある写像が連続なら、定義域の方であれ値域の方であれ、距離を上記のように2倍してみたところで連続性はそのまま保たれることが容易に分かります。
またにはユークリッド距離の他にたとえばマンハッタン距離
がありますが、距離をユークリッド距離からマンハッタン距離に替えたところで、連続関数であったものがそうでなくなったり、逆に連続でなかった関数が連続になったりすることはありません。こうした例を見ると、集合のつながり具合を定めるような構造というのは、距離を定めることよりもずっと緩いのではないかと思えます。それはどんな構造でしょうか。
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点列の収束というのは空間のつながり方によって定まるであろうことの中で比較的直観的なものです。ここでは試しに、位相空間の公理を忘れた上で、点列の収束の如何こそ集合のつながり方のすべてだ、と言ってみます。
定義 集合とその部分集合族で、を満たすものの組を近傍付き空間と呼ぶ。
部分集合族はほぼ何でもいいので部分集合付き空間と言ったほうがいいかもしれませんが雰囲気のための命名です。全体集合や空集合が入っているのは便宜上で本質的なことではありません。
定義 近傍付き空間と上の点列およびについて、がに収束するとは、任意のに対して自然数が存在して、ならばであることとし、と書く。
の元(近傍)がたくさんあるほど点列は収束しづらくなり、バラバラなイメージとなります。
こうして位相空間の公理を無視して、ひとまずある集合上につながり方の構造っぽいものを定義しました。この定義の拙いところはどこでしょうか。それは、このままではを台とする異なる二つの近傍の入れ方が全く同じ点列の収束を導き得るということです。
定義 集合を台とする二つの近傍付き空間,が点列同型であるとは、任意の上の点列,に対してであるかどうかが一致していることとする。
点列の収束如何こそつながり方のすべてだと言った以上成り立ってほしいけれど実際は成り立たないことは
「とが点列同型であるならば」
です。
たとえば
とすると二つは点列同型であることが容易に分かります。
よって目標は、近傍付き空間に何かしら制限(公理)を加えることによって「とが点列同型ならば」を成り立たせる、もしくは二つが点列同型かどうかを判定する方法を見つける、ということになります。
命題 近傍付き空間に対して
とするととは点列同型である。
容易に分かるように
に対して
とすればはすべて点列同型となります。
このように各点列の収束如何をそのまま保持する近傍を付け加えられるだけ付け加えたものがと言えます。その結果は位相空間の公理を満たしていて、 となります。
では「近傍付き空間とが点列同型ならば」というのは成り立つでしょうか。言い換えれば、「位相空間の公理を満たす近傍付き空間とが点列同型ならば」は成り立つでしょうか。もし成り立つなら、点列の収束如何から出発する位相の公理への導きは成功と言えそうです。
が、残念ながらこれは必ずしも成り立ちません。可算的には辿り着けないような深部において点列は無力です。
例 を、の有限部分集合全体に一点を付け加えたものとし、
とし、近傍付き空間を考える。更にとするととは点列同型だがとなる。
なぜなら任意の点列に対しては高々可算集合であるからであるが存在する。の近傍の存在によって、となるのはどちらの近傍付き空間にせよ有限個のを除いてとなる場合に限る。しかし明らかに。
しかし可算的な条件を加えれば成り立ちます。
命題 近傍付き空間が点列同型で位相の公理を満たし、さらに位相空間における第一可算公理を満たすとする。このときとなる。
証明 対偶を示す。と仮定すると対称性からだがとなるものが存在するとしてよい。するとが存在して、任意のに対して。特に、のにおける可算な基本近傍系をとすると各から点を適当にとり点列を作るととしてはであるがとしてはそうではない。□
提言「点列の収束の如何こそ集合のつながり方のすべてだ」を固持するなら近傍付き空間や位相空間の公理に第一可算公理のようなものを入れたほうが良さそうです。しかしむしろ、ある点への近づき方を可算性や直線的な構造に縛られた点列に限ったことの方を反省すべきではないでしょうか。連続濃度の整列集合で果てへ向かったり、無数の支流が絶えず合流しながら大海を目指すような近づき方もあります。
そうして点列を含む概念である有向点族に行き着きます。有向点族の定義は(有向点族 - Wikipedia)を参照してもらうとして、
定義 近傍付き空間と上の有向点族およびについて、がに収束するとは、任意のに対してが存在して、ならばであることとし、と書く。
定義 集合を台とする二つの近傍付き空間,が有向点族同型であるとは、任意の上の有向点族,に対してであるかどうかが一致していることとする。
とすると
命題 近傍付き空間に対してとは有向点族同型である。
命題 近傍付き空間が位相の公理を満たし、かつ有向点族同型ならば
証明 対偶を示す。と仮定すると対称性からだがとなるものが存在するとしてよい。するとが存在して、任意のに対して。
ところでは包含関係をと定義することによって自然に有向点族とみなせる。各に対しての点を適当にとっていくと、も自然に有向点族とみなせて、としてはであるがとしてはそうではない。□
このように点列の代わりに有向点族を考えることによって位相空間の公理をこれ以上増やさずに済みました。もやもやすることは尽きないですが、強引にめでたしめでたしとしておきます。